TOP ツール 学び記事 開発者 免責事項
ヘッダー画像
2025年12月18日

思考を外注しないために
- 自己管理を前提にしたメモツール開発 -

思考を外注しないために ― 自己管理を前提にしたメモツール開発


現在、ブラウザー上でユーザー単位にメモを保存できるWEBツールの開発を検討しています。

まず大前提として 私が重視しているのは
自分の心や気分、メモ、個人情報など、「自分の領域」に属するものは、可能な限り自分で完全に自己コントロールできる状態が、もっとも好ましく、健全で、健康的であると考えています。



もちろん
絶対的に信用・信頼できる場所や人がいれば、そこに任せるという選択もあるとは思いますが、しかし、私は未だかつて、そのようなところを、見たことも、聞いたことも、出会ったこともありません。

そういったことからも、基本方針として、できるだけ「自己管理・自己制御」することを軸に物事を進めてきています。

今の時代、そういったことは、少々、面倒だったり、不便さを感じるときがあるかもしれませんが、簡単便利になれすぎると、気づかない内に、大切な何かを手放してしまい、時には、本当に大切な何かまで放棄し、他人に人生を委ね、命令や強制性の環境のクラスで暮らすことになりかねません。


画像追加:シンプルなメモや思考を象徴するイメージ


セキュリティという避けて通れない課題


さて、ここで問題となるのが、セキュリティ面です。

何でもかんでもデジタル化されていく今の世の中において、この問題は避けて通れないものの一つとなっています。


あまりにも強固な仕組みにすると、コード処理は複雑になり、コストもかかります。
その結果、無料版として公開することが難しくなる、という現実があります。

また、GitHubの静的環境内で処理させることにも限界があり、現在はさまざまな視点から試行錯誤を重ねながら、どのようにすれば安全性を確保できるのか、コードを修正し、テストを繰り返しながら検討しています。

さらに、同一パソコンでの複数ユーザー利用や、ネットカフェなどの利用環境も想定し、メモ内容が、うっかり外部に流出してしまわないような工夫も必要になります。

当然のことながら、どんなに便利なツールであっても、ユーザー各自が最低限のルールや知識を持って使わなければ、予期せぬトラブルを招く可能性があります。  一般的には、それらはすべて「自己責任」とされがちですが、私はこの「自己責任」という考え方を、できる限り排除したいと考えています。

画像追加:鍵・セキュリティ・ローカル管理を連想させる抽象的な図


「自己責任」への違和感


私たちは基本的に、相互依存関係の中で成り立つ社会に生きています。
その中で使われる「自己責任」という言葉には、昔から個人的に違和感があります。

「いつでも、だれでも」みんなでより良いものを作っていく、という共同創造の民主主義的な視点から見ても、また、それぞれの人生のゴールへ向かう目的という観点から見ても、この「自己責任」という言葉には、なにか大切なものから目線を外され、どこかでズレを生みやすいものだと感じています。

自然法の観点からも
この「自己責任」という言葉は、不完全な環境や仕組みの影響まで、個人だけに押し付け「どこかの誰かの勝手な計画の都合」が優先され、お金が目的化しだし、無意識に、無自覚に無関心、無責任の歯車を回しつづけ、気づかぬ内に無責任を循環させてしまいかねません。

そのようなことからも無意識のうちに、本来の目的から離れ、「どこかの誰かたちの一方的で勝手な都合」によって操られ、支配されてしまう。

その結果、あちこちで歪みが生じ、本末転倒な状態に陥りかねません。
だからこそ、何事もきちんと意識し、自分で判断し、考え続けたいと思っています。

思考・問い・内省をイメージした静かなビジュアル


個人開発の現実と、それでも作る理由


私がこのツールを通して守りたいのは
人が自分の思考や感情を、効率や収益と切り離して扱える場所です。

便利さや生産性は大切ですが
人生の最終目的が「お金」なのだと、どこかのだれかの目的や計画、シナリオに沿って、気づかない内に、気づかれないように擦り込まれ、習慣化され、疑いなく信じ込まされていくと・・・

どこかで知らない内に、思考や感情まで管理され
人としての本来の意味でのライフワークという「仕える事」からも、向き合う営みからも、かけ離れ「人生のゴール」さえも見失い、自分で考える力を少しずつ手放し、大切ななにかまで放棄してしまっているのではないかと、強く感じてきているからです。


私は、常に不完全で、効率が悪く、完璧でなくても、柔軟性を持ち続けるために、常に疑問を持ち、いろいろ知りたいという「子ども心、遊び心、チャレンジ精神」を保ちながら、自分の頭で考え、自分の意志で選択し、行動に移すために
情報と知識を精査し、探求していく

そうした、ごくごく普通で、自然の一部であり、宇宙の一部でもある人間で在り続けたいと思う一人でもあります。

思考・問い・内省をイメージした静かなビジュアル


さて、毎回こうしたことを考えながら、探求し、何かを形にしていく過程は、自由であり、楽しいものです。 しかし個人開発の環境では、さまざまなツールを公開しても、この日本では、たった一杯のコーヒー代すら生み出せない、という社会環境があります。

かつて「もっと生産性を上げろ」と国民の尻を叩いた人たちがいましたが、 思いを形にするまでの過程にある「ひらめき」や「アイディアの生産性」については、 思考も思慮も停止しているのか、ほとんど考慮されていないように感じます。

普段から 心の奥底で
何を思っているのか
それを意識することは、とても大切です。

それを油断し、忘れ、考えることをヤメ、気を抜いてしまうと・・・

無理不尽さ や 歪みが
無意識のうちに 表面化し

可視化されてきます。


見えない 心、魂・・・ 大切です

だからこそ

見えないところこそ、気をつけながら、磨き続けていたいものです。